2017/05/07

頭の良い子供の育て方 理論編





アインシュタインが特殊相対性理論から導き出した数式

E(エネルギー)= m(質量)× c(光速度) の二乗

Media Design and Media PublishingによるPixabayからの画像 



頭の良い子供の育て方 などと銘打てば、数多くの人が興味を示しますが、まずその前に「頭が良い」や「天才」を定義しなければなりません。

これは意見の別れるところですが、歴史上の天才として名前が挙がる自然哲学者のアイザック・ニュートン、物理学者のアルベルト・アインシュタインの人生を見れば分かるように、理論や公式などの発明、つまり創造力が優れていることが1つ挙げられます。

創造力とは、あるものとあるものを掛け合わせて新しい事物を創る能力であり、ここには価値も含まれます。

そしてもう1つ、問題解決能力も頭の良さを計る基準となります。

しかしこの問題解決能力の中でも、ありふれた問題に対し、既にある解答を探し出して当てはめるだけでは、頭が良いとは言えません。

頭の回転が速い人というのも、既にある解答を素早く見つけてくるだけですので、頭が良いとは言えないでしょう。

問題解決能力によって頭の良さを計る場合、例えば、今まで誰も解けない課題を解決できる人や、今まで誰も考えたことのない解決策を提示できる人が頭の良い人だと言え、数学などの複雑な証明もこの中に含まれるでしょう。

厳密に言うと、誰も解けなかった問題を解決することや、誰も考えたことのない解決策を思いつくこととは、多様な視点から物事を観察し、全く異なる概念や、かけ離れた概念を適応して生まれるものなので、創造性と関連していますが、ここでは分けて考えます。


整理をすると、私の考える頭の良い人とは、


創造性が豊かである。 

問題解決能力が優れている。


になります。

これらの能力は、ルーティーンワークが業務の大半を占める一般的な組織といえども、時として求められる資質になります。

例えば、新規事業の立ち上げや、顧客や上司から無理難題を押し付けられたときなどでしょう。

そしてこれらの資質については、遺伝か環境かの論争が繰り広げられているように解明には至っておらず、まだまだ未知の領域です。


昨今の研究では、環境が遺伝子の発現を左右し、環境によって変化した獲得形質が遺伝するとの結果があるように、環境が及ぼす影響を軽視できなくなっていますが、ここでは頭の良さが後天的な環境に依拠するとしたら、何をすれば良くなるのかを考察していきます。

先ほど私は、創造力とは、あるものとあるものを掛け合わせて、新しい物事を生み出すことだと言いました。

また、優れた問題解決能力は、幅広い視野から物事を捉え、想像もつかない概念を適応して生まれる、とも言いました。

この2つの前提にあるものは、幅広い知識や体験になります。

まず、あるものを知らなければ創造はできません。


無から有は決して生まれません。

宇宙が誕生する前は無であったとされていますが、この無とは何もない状態ではありません。

0はかけても割っても0であり、

(0×3=0)
(0÷3=0)

足しても引いても数が変わりませんが、

(0+3=3)
(0-3=-3)

0には3と-3が存在しているように、

(0=3-3)

宇宙の無も、プラスとマイナスが相殺された状態であるか、-3のみが存在する人間の認識が及ばない状態とされています。

このような素粒子等の量子力学だけでなく、仏教でも密教が似た考えを持っています。


色即是空(しきそくぜくう)


という般若心経の有名な命題があります。

すべてのものは実体がない、とする意味に用いられ、その逆の、


空即是色(くうそくぜしき)


もテーゼとして存在します。

この何もない空がそのまま現象世界を表すのであれば、無から有が生じると解釈する者もいますが、本来空とは何ものとも区別できないもので、無でも有でもありません。

ただ真言密教では空を肯定的に捉え、有としての意味付けをしており、量子力学のように、0には3とー3が存在しているとの考えに近いと言えます。

このように、何かを生み出すには元となる知識や体験が必要であり、多様で幅広い観点を持つためには、それらの量が求められます。

ただし多くの知識が必要となると、暗記に長けた物知りになることが重要だと捉えがちですが、そうではありません。


情報は知識とは違う。知識の唯一の源は経験である。

Information is not knowledge. The only source of knowledge is experience.


この言葉はアインシュタインが残したものですが、単なる文字の羅列であり、嘘偽りもある情報から、経験や真理に照らし合わせて選別・加工したのち、自らの中に取り込むことの大切さを述べています。

さらに、アインシュタインは次のような言葉も残しています。


重要なことは、疑問を持つのを止めないことである。好奇心は、それ自身に存在意義がある。

The important thing is not to stop questioning. Curiosity has its own reason for existing.


このように、巷で信じられている情報や森羅万象に対し、常に疑問を持って接し、経験や真理に照らし合わせて考えることの大切さを述べています。

事あるごとにいちいち疑問を持っていたら、時間がいくらあっても足りませんし、疲れてしまいますが、様々な事柄に対して好奇心と疑問を持って接することが、多様な観点を持つことの前提となります。



私に特別な才能はありません。ものすごく好奇心が旺盛なだけです。


I have no special talent. I am only passionately curious.


この言葉に現れているように、何にでも興味を持ったアインシュタインは、若い頃に、数学、文学、科学、哲学、音楽など幅広く親しみ、後の物理学全般にわたる多くの業績を残す礎となりました。

また、数学界最高の名誉であるフィールズ賞を受賞した広中平祐氏は、数々の天才を見てきた中で、想像もつかない新しいことを打ち立てた数学者たちは、皆が皆、数学以外の多様な視野がなければ生まれなかったものばかりであると語っています。

弘法大師空海やレオナルド・ダ・ヴィンチも、幅広い知識を多方面にわたって活かした、万能型の天才でありました。

日本人初のノーベル賞を獲得した物理学者の湯川秀樹氏も、文学者になりたかったと語るほど文学に造詣が深く、その他幅広い教養を持ち合わせていました。

戦後に廃止された旧制高校は、今の学校で行われているような詰め込み教育ではなく、リベラルアーツを主体とした幅広いゆとりある教育を行っていました。

教養主義の没落」という本がありますが、戦後の一時期までの学生にとって、
「中央公論」や「文藝春秋」などの知的総合雑誌を読むことがステータスとなっており、新聞と共に総合知の入口としての機能を果たしていました。

ウェブが発達した現代では、スマホ一つで世界中の出来事や多くの知に直に接することができるため、これらの雑誌や新聞の購読率が著しく低下していますが、今でも総合知の入口として一定の機能を果たしており、これらの購読率が低下している現状と、日本人の学力ひいては国力の低下との相関関係は、疑うことのできない事実かもしれません。

ここまでをまとめると、頭が良い人の前提条件は、様々な物事を見たり聞いたり読んだり体験したりして、自分の中に知識として取り込んでいることが挙げられます。

では、この知識と知識がどのように結びつき、どうしたら独創的な創造へと飛躍するのかを考えたいと思います。


ただパズルを組み合わせるように、既存の知識同士を掛け合わせるだけでは、独創的なものは生まれません。

まずは、偉大な自然哲学者であり、後世に近代科学の道を開いたとされるアイザック・ニュートンの言葉を引きます。



もし私が、広く大衆に貢献したとするならば、それは、忍耐強く考え続けたためである。

If I have done the public any service, it is due to my patient thought.



アインシュタインの言葉を続けます。



私はそれほど賢いわけではありません。
ただ人より長く、諸問題に取り組んできただけである。

It's not that I'm so smart, it's just that I stay with problems longer.



私は何ヶ月も何年も考え続ける。
99回その結論は間違うが、100回目に正しい答えへと辿り着く。

I think and think for months and years. Ninety-nine times, the conclusion is false. The hundredth time I am right.




歴史に名を残す二人の天才は、偉大な発見を生み出した要因は、辛抱強く考え続けたことによるものだ、と結論付けていることになります。

仮に天才たちが、発明は先天的な遺伝によるものだと考えていたとしても、正直に告白できないことは想像がつき、もしそうであれば、そこを差し引いて考える必要があるのかもしれませんが、二人の天才は、執拗に考え続けることで、ある日ブレイクスルー(breakthrough)が起きることを語っています。


そのブレイクスルーの状況を、著名な数学者であるアンリ・ポアンカレは、要約すると次のように語っています。


初め考えた時には何ら歯が立たなかった問題が、無意識下での考察にまで及び、それに対する解答が、意識下の状況で突如啓示のように閃く


これはどういうことか説明すると、ある一定の物事や問題を考え続けていると、無意識下にまで問題が落とし込まれます。

睡眠中は、起きているときよりも脳の神経細胞同士が複雑に結合することが知られており、そこでは通常繋がることのない情報や知識が結び付きます。


そのような無意識下において斬新なアイデアや解決策が見つかり、目を覚ましている意識下の状況で、それらが突如発現するということです。

しかし難攻不落の問題は、一日寝て次の日起きたら解決できました、というわけにはいきません。

ですから脳はさらに考え続けます。

そして、この意識、無意識を問わず考え続ける行為は、開通していない脳細胞と脳細胞の繋がりを必死に造っている状態になります。

「全ての道はローマに通ず」との言葉があるように、古代ローマ帝国は各都市への道を縦横に造り、どこにでも行けるようにすることで他国の征服を容易にしていきました。

脳細胞もこれと同じで、意識、無意識を問わず考え続けていると、ある日今まで開通していなかった細胞同士が繋がり、想像もつかない概念の知識同士が結びつき、公式の発見や問題の解決、つまり問いへの征服に導かれるのです。

アインシュタインの脳は、死後分析された結果、中枢である前頭前野の皺(しわ)の部分が、普通の人よりも長くて多いことが分かったのですが、この複雑な皺こそが、脳細胞同士の複雑な繋がりであり、これは考え続けることによって増えていくと思われます。

なぜ、脳科学者でもない私がこのように断言できるかというと、私は、幼い自分の身に降りかかった出来事に対し、何故そうなったのか20数年間悩み、解答を求め続けて生きてきました。

そして、自分探しという精神の放浪を続けたのち、ある日、答えが見つかったのです。

その時まさにポアンカレの言うように、天啓に打たれたかのごとく答えが閃いたのと同時に、脳の細胞という細胞が繋がるような感覚に襲われたからです。


別に私は自分の頭が良いとは思っていませんが、というよりも理解力の悪いバカですが、私の書く小説は他とは違いますので、興味のある方は読んでみてください。

このように、誰でも一定の問題を考え続けることで、徐々に脳細胞同士の道が開通していき、ある日、複雑な脳細胞の回路が完成し、様々な知識が行き来するようになることで、独創的な創造や未知の問題に対する解決ができるようになるのです。

ですから、数学オリンピックでメダルを取るような頭が良いと言われる学生は、
頭が良いから数学が得意なのではなく、数学が好きで問題を考え続けているから頭が良くなるのです。

このことを補強する材料として、麻布、開成、武蔵の御三家だけでなく、その他難関中学校へ多数の合格者を出すことで知られる宮本算数教室では、生徒たちにただ問題を出し、集中した空間で考え続けさせるだけで、学力を向上させています。

小学生の解く鶴亀算は、方程式を学んでいないため、必死に頭を使います。

また、教室を経営する宮本哲也氏が開発した強育パズルも、必死に頭を使います。

そして宮本算数教室では、問題を解く時間が終わっても、答えを一切教えません。

そのため、家に帰ってからも気になった問題を考える時間が続き、頭が良くなるのです。

将棋の強い子供も賢いと言われるように、頭は使えば使うだけ良くはなりますが、一つの問題を様々な角度から考え続けることが、より重要です。

ちなみに、こちらも天才と言われる数学者のカール・フリードリヒ・ガウスなどは、幼少期から神童ぶりを発揮したと言われており、もしかしてこれらの人物は、もともと常人と脳細胞の回路が違う、特殊な計算能力などを持つサヴァン症候群等に関連があるのかもしれません。

では次回、どうしたら深く考る問題を見つけ、頭が良くなるきっかけを掴めるかを考えてみます。




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