2017/02/05

動乱の幕末に起きた様々な事件を描いた短編歴史小説「幕末」




acworksさんによる写真ACからの写真 



歴史小説「幕末」は作家・司馬遼太郎氏の作品で、江戸時代末期・幕末に起きた暗殺事件を扱った12の短編集であり、一話目は言わずと知れた桜田門外の変を描いています。

江戸幕府の大老であった井伊直弼が暗殺され、ここから幕府の瓦解が始まります。

彦根藩主・井伊暗殺の実行者は、水戸藩と薩摩藩の侍たちであり、本作は薩摩藩の若武者、22歳の有村治左衛門に焦点を当てています。

ここからはネタバレになるので未読の方は気を付けてください。

作者は、治左衛門を純朴な若者として描いていますが、時折出てくるセリフには、死を覚悟したの男の燃えたぎる血潮が見て取れます。そして、


決行前夜に迎える祝言、初夜。

束の間の生に訪れる性。


烈しく交錯する生と死。

そして、決行の日を迎えます……


この作品は司馬氏の創作です。

司馬さんの作品は、フィクションかノンフィクションかという議論が必ず沸き起こりますが、面白いフィクションとして捉えればいいと私は思います。

また、暗殺は卑怯であり、本編で描かれるような侍は単なるテロリストだと主張する識者がいることも事実です。

実際に昔の武士たちは、寝首を掻くようなことを恥だと考えており、幕末に起きていた夜陰に乗じて襲撃するような行為は、正道とは言えない面がありますが、政治体制のまるで違う後世に生きている人間が、一切をテロだと断罪してしまうことは歴史に対する無理解と言えます。

決して、幕末に起きた数々の暗殺事件を肯定する訳ではありませんし、実際に、何ら思想と呼べるものもなく、ただただ人を斬るだけの侍がいたことも事実です。

また、土佐藩の岡田以蔵のように、人斬りと恐れられたものの、最期に遺した句は、


「君が為 尽くす心は 水の泡 消えにし後ぞ 澄み渡る空」


と利用されたかのような後悔の念を滲ませ、また、拷問に屈して仲間を売ってしまう悲しい結末を迎えた者も確かにいました。

しかしこの時代に生き、このような行動を取らざるを得なかった若者たちの想いや背景に焦点を当ててこそ、歴史に学ぶべきものが見えてきます。

桜田門外の変以外の作品も、維新史で重要な人物が多く登場します。

そして巻末の作品「最後の攘夷志士」は、不器用な男たちの悲しくも潔い物語であり、傑作です。

舞台は明治維新後で、主人公は、幕末の風雲に早くから飛び出した天誅組の生き残りである三枝蓊(さえぐさしげる)、変名・市川精一郎です。

維新前夜、薩長ら新政府軍は攘夷というスローガンを捨て、外国勢と手を結んでいます。


いつのまにか、攘夷は倒幕のための口実に変化していましたが、三枝は時勢に乗りませんでした。

多くの浪士たちが殉じた攘夷という目的を、捨て去ることは出来ず、三枝蓊と朱雀操は、明治天皇への謁見に向かう英国公使ハリー・パークスの行列に斬り込みをかけます。


そして……


結末は本書にてご覧ください。

この本一冊で幕末の全てが分かるわけではありませんが、激動の時代であった幕末を知る取っ掛かりにはお薦めの本です。

何度も言いますが、幕末といえども、決して卑怯な暗殺は肯定されるべきではありません。

また、戦闘集団である武士以外を襲ったり、丸腰の相手を襲うことも、それは卑怯であることに違いありません。

ただし、江戸時代は現代と違う政治体制であり、サムライとは刀を帯びた種族であり、事あれば自分の命を賭けて、人を斬る集団だったからです

現代の日本で起きた、政治家・石井紘基さんの言論を殺しによって封じたような、非道で卑怯な事件とは全く違う、戦闘集団である武士が己の全存在を賭け、鍔迫り合いをした日本の夜明け前が、ここには描かれています。


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